ムーアの師匠による反プロパガンダ映画『アトミック・カフェ』

ひさびさの更新。今日は「スマスマ」のビストロスマップにキャメロン・ディアスが出演するという記念すべき日だった。あの陽気な喋りっぷりと、あきれるほど爽快な食いっぷりについて、心行くまで語りたいという気持ちを抑えつつ、以下──。
ボウリング・フォー・コロンバイン』を観たアメリカ人の何割が、「銃を持つのはやめよう」と思いいたったのかは判らない。もっとも「捨てろ」というメッセージが盛り込まれていたかというと、それもまた微妙なのだけど、ようするに「どれだけのアメリカ人の意識を変えたのか」ということが気になったのだ。あの映画はむしろ、非アメリカ人がアメリカ人の行動を理解するための手助けになるという意味で、他国への優れた紹介映画になっているのではないだろうか。ただし、もちろん、ヒューマニストマイケル・ムーアとしては、自国の人間にこそ観てもらいたい映画であるにちがいない。
そうした傾向は新作『華氏911』において、いよいよ顕著なようだ。例によって町山智浩アメリカ日記(id:TomoMachi)をはじめとする情報によると、ムーアの関心はなによりもまず、マスメディアによる偏向した戦争報道ばかりを見聞きしているアメリカ人に、自分の映画を観てもらうことにある。そして、その目的はほかでもなく、イラク戦争を起こしたブッシュの再選阻止にあるという。ムーアがそのさきをどのように見据えているのかは判らないのだけど、このような局面において、事態はほとんど戦争プロパガンダvs.アンチ・プロパガンダプロパガンダ崩し)といった様相を呈しており、少なくともムーアを支持する人間にすれば、この抗争そのものが大統領選の行方を左右しかねないのだ、と期待したくなるところかもしれない。
というわけで、今回は脱洗脳系ドキュメンタリストともいうべき、その手腕をいかんなく発揮しているようなのだけど、そもそもムーアがだれに映画づくりを教わったのかというと、ケヴィン・ラファティということになるらしい*1
ラファティらによる『アトミック・カフェ THE ATOMIC CAFE』(1982年)は、たしかに、ムーアの映画のスタイルに大きな影響を及ぼしているように見える。ムーアの映画には、既存の素材や体制的な情報──あからさまに言ってしまうと「敵の武器」を、自作の中に巧妙に配置し、その配置の仕方そのものによって、それら(の背景)をユーモラスに相対化する鮮やかな手並みが見られる。『アトミック・カフェ』も同じような手法が見られるのだけど、この映画の異様さは、作品を構成する映像・音声・音楽が、1940〜50年代のアメリカ政府製作による広報フィルム“だけ”という点にある。
ことのきっかけは、ケヴィン・ラファティの弟にして、この映画の共同監督ピアース・ラファティが、サンフランシスコの本屋で見つけた一冊の本だったらしい。『アメリ政府広報映画3,433本』というそのカタログ本に感銘を受けたピアースは、プロパガンダをテーマにしたドキュメンタリーをつくるアイデアを思い付いたという。
その後の完成までの逸話はそれ自体、一本のドキュメンタリーにでもなりそうな紆余曲折があるようだ。もうひとりの共同監督ジェーン・ローダーが加わり、三人は手始めにワシントンDCに赴き、さらにペンシルバニアの基地に潜り込むようにして、手当たり次第プロパガンダ・フィルムを観まくった。なぜそんなことが可能だったのか? おそらく『アトミック・カフェ』のような映画がつくられることなど、だれも想像しなかったのだろう。
大量のフィルムを次々と消化していく過程で、三人は映画の焦点を原爆に当てることに決めた。冷戦構造の決定的要因のひとつであるだけにというべきか、奇抜で象徴的な場面がたくさん見られるからだ。とはいえ、テーマは決定したものの、政府製作広報フィルムだけを用いるという方針は、彼らを大いに苦しめたようだ。
今日、巷にあふれるニュース映像を見ても明らかなように、新しい映像やテロップの挿入、ナレーションによる補足なしに、ドキュメンタリーを制作すること、また、情報を的確に伝えることは、きわめて難しい*2。そのような困難を乗り越え、五年の歳月を経て完成した『アトミック・カフェ』は、まさに反骨のアンチ・プロパガンダ・フィルムというべき作品に仕上がっている*3。とはいえ、この労作に生硬な印象を受けるひとは少ないはずだ。それどころか、今の私たちの常識からかけはなれた核に対する信じがたい妄言や、核を賛美する流行歌(?)、そしてアメリカ政府による一方的なアナウンスは、実際、とても滑稽に見える。そう、それはもちろん現代の視点から見ればそうなのだ。結局のところ、ひとしきり楽しませてくれながらも、そして楽しめば楽しむほど、なんだか薄ら寒い気分にさせられるという意味で、この映画はなかなか厄介な代物であるといわなければならないだろう。
(9月下旬よりユーロスペースにてレイトロードショー)*4

アトミック・カフェ [DVD]

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◇以下、関連リンクを四つ追加。
・8月中旬まで都内2会場で開催される「コラプシング・ヒストリーズ 時、空間、記憶」展http://online.sfsu.edu/~amkerner/ch/jp-index.htm
青山南の「ロスト・オン・ザ・ネット」より「ブッシュ一族の奇々怪々」http://subaru.shueisha.co.jp/html/lost/l34_1_txt.html
・上のページでリンクされてますが、爆発画像集。http://nmhm.washingtondc.museum/collections/archives/agalleries/coldwar/coldwar.html
岡田斗司夫コレクションに核戦争パンフレットが所蔵されてました。さすが……。http://www.netcity.or.jp/OTAKU/okada/collection/1284.html

*1:アホでマヌケなアメリカ白人』(ISBN:476012277X)より抜粋。「当時『アトミック・カフェ』というすごい映画を撮っていたケヴィン・ラファティに、俺にも映画の撮り方を教えてくれ、と頼んだら、驚いたことに気軽にOKしてくれたんだ。彼なしでは自分の出世作『ロジャー&ミー』も世に出なかっただろう」

*2:そういえば昔、「ニュースステーション」で音声が流れないという中継事故が起きたときのこと。その直後、当時のメイン・キャスター久米宏が「音声がなくても、なにが起きているのかなんとなく判るのが、日本のニュースです」と涼しい顔で云ってのけたのには、さすがに笑った(呆れた)。あれはやはり自嘲だったのだろうか? たしかに、ふだん流れているニュース映像・音声・テロップの組み合わせはシステム化(形骸化)しているし、どの局も似たりよったりの情報しか流さないのだけど……。

*3:完成前には「ジョン・ベルーシをナレーターに」というオファーもあったという。

*4:本稿の情報の多くはプレスリリースを参照しています。