『運命じゃない人』

婚約相手の浮気にショックを受け、荷物をまとめ、同居するマンションから飛び出した真紀(霧島れいか)。これからは一人で生きていかなければならない、と婚約指輪を質入れするが、わずかな金にしかならず途方に暮れ、レストランの席に着くと、悔しさと悲しさと寂しさを実感しはじめる。「がんばれ、泣くな、泣くな」と自らを言い聞かせ、こみ上げる涙を懸命にこらえるが、その顔はみるみるうちに歪んでいく。可哀想だけど笑えるこのブサイク顔に「ああ、これはそういう映画なんだ」と気づかされる。
そんな真紀に「ひとり? よかったら一緒にご飯食べない?」と声をかける男が現れる。こんなやついるか? と笑いたくなるくらい、わざとらしくキザな口調。男は真紀の心中など微塵も察していなかったのだろう。ところが真紀は驚きつつも、渡りに船とばかりに快諾する。「いいんですか!? お願いします!」。なるほど、やっぱりこれはそういう映画なのだ。
運命じゃない人』導入部のこのレストランの場面はその後、視点を変え、二度反復される。それぞれが観客の予想を超えつつ、どこか期待に応えている。この手法は他の場面でもたびたび繰り返され、観客を驚かせつつ、なるほど、と納得させる。そして爽やかな結末。この映画は映画の新しさを発見させるような作品とはいいにくいのだけど、逆に、コメディというジャンル(の魅力)を再発見させる試みといえるだろう。既存のジャンルを強く意識させながら、ここまで用意周到で完成度の高い作品は久しぶりに観た気がする。
主な登場人物は五人。“いい人”宮田(中村靖日)を中心に、打算的な人物たちを配するところが効果的で、とくに山中聡演じる神田は、表と裏の各ストーリーを行き来する影の主役ともいうべき活躍だったのではないか。「探偵物語」の松田優作ルパン三世*1を足して二で割り、しかもさらにちょっとダメにしたような男……といって伝わるのかというと心もとないけど、いずれにしても、既存のジャンルを連想させるキャラである一方、生き生きと軽薄で、どこか情け深いその振る舞いは一見に値する。宮田に向かって、ナンパの心得をとくとくと説く饒舌ぶりは素晴らしかった*2
『運命じゃない人』ユーロスペースにて公開中

*1:下着姿がさらにそれを連想させる。その意味では、その柄は水玉ではなくストライプであるべきだったか。

*2:反面、ちょっと疑問を覚えたのは、二度目のレストランの場面で、宮田と神田の会話のかたわら、真紀を放置状態にする演出。また、同じように技術的には、宮田と真紀が二人乗りする自転車が事故を起こしそうになるところは、もっと巧い見せ方があるのではないか。