『ヒストリー・オブ・バイオレンス』はやっぱりすごい

池袋の新文芸座で再見。完璧という印象をこれほど与える映画は最近ではほとんどないでしょう。単純な話ながら、覚醒したまま悪夢を見させられているような感覚を覚えます。
まず前半のうまいなあと思うところ。それぞれのショットは簡潔である一方、シーン、シークエンスの繋ぎ方が微妙に変則的で、時空間の認識を歪ませるような妙な効果を生んでいる。たとえば凶悪犯ふたりの行動を追う冒頭の早朝のシーンは、物語の主軸とどのように絡むのか不明のまま、決定的な場面の直前で中断される。次のシーンでは、深夜、女の子がお化けを見たと訴え、まるで直前のシーンが女の子の夢であったかのように描かれる。ともあれ、家族は女の子をなだめ、それをきっかけに彼らの平穏な日常が紹介される。ただし、そこには、高校生の息子が同級生にいじめられているというネガティブな要素も導かれる。そして、そんなことはおそらく知らぬであろう夫婦がベッドで高校生プレイに興じる場面をはさみ、夜の街で息子がGFと語らう場面に移行。百年前のデートにぼんやりと想いを馳せているロマンチックな(?)ふたりが、例の同級生たちに絡まれるというピンチを迎えそうになる。が、その青春映画のような展開をすべてリセットするかのように、凶悪犯たちが再登場。冒頭のシーンを不意に想起させられ、観客はちょっとした混乱に陥ってしまう。とはいえ、ここで間が置かれることもなく、とにもかくにも、さらに、ダイナーを舞台とする最初の決定的な殺人シーンへと至るわけです。このゆっくりとしながらスピーディな展開は素晴らしいですね。しかも、この映画はここで凶悪犯の正体を探るような素振りはまったく見せず、後半では、この殺人がどのような出来事を招くのかを、ただ描いていく。
前半で見られた展開の妙は、この映画の世界の異様さを醸し出すことに成功していたわけだけど、後半ではむしろ、娘を除く家族それぞれの変化をリアルに示すことに力が注がれていますね。妻と息子はそれぞれ、前半の場面を反復しつつ、主人公の隠された過去に脅かされ、それによって新しい自分を発見していく。主人公自身は、どこまで自分のアイデンティティに自覚的なのかが不明に見える点が少なくないのですが、その変化も、ふたつの印象的な移動シーンではっきりと提示されていたと思います。一度目はダイナーから自宅へ、二度目は自宅からフィラデルフィアへと、いずれの場面においても、少なからぬ時間をかけ、身体を酷使するようにして移動する。一度目は言いしれぬ不安に衝き動かされ、二度目はある覚悟をともなっていることがよく分かります。ただし、腐れ縁を断ち切り、帰宅した主人公が、家族にどのように受け入れられるのかは分からないまま。もはや、もとの家族には戻れない。結局、暴力の連鎖を断ち切ることは不可能であり、それでもその事実を直視しなければならない──と監督は言っているような気もするのですが……。

ヒストリー・オブ・バイオレンス [DVD]

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