「黒革の手帖」と津川雅彦

そもそも原口元子役には元タカラジェンヌあたりの凛々しくて力強い女優が適役だと思っていたのだけど、米倉涼子が演じる元子は、なぜか回が進むたびにそれほど違和感がなくなってきた。どこか骨太な体つき、不器用な演技が、逆におどろおどろしい作品世界に拮抗している印象を与えたからかもしれない。頭(情報)と色気と度胸を武器に、金と権力をもった悪党の男たちに果敢に戦いを挑む元子が、徐々に追いつめられるサマはなかなか迫力があり、テレビドラマならではのテーマ音楽の使い方も効果的だった。元子が仕掛ける勝負は次第にでかくなり、最後の最後で一転して窮地に追い込まれ、そのとき手助けする男(仲村トオル)とともに、ふたりは重大な選択を迫られたりする。それはたしかにこのドラマの肝ではあるのだけど、じつは一番の見所は中年、老年の男優陣にあるのではないか。
柳葉敏郎小林稔侍、津川雅彦はそろいもそろって、いかにも面の皮の厚そうな脂ぎった表情で、ワケアリの女、元子を舐めるように見つめ、敵対的に包囲する。柳葉、小林の勝ち誇ったようなスケベ顔、「一杯喰わされた」と悔しがる顔は、劇画的なぎらぎら感がたまらない。が、特筆すべきはやはり津川で、いよいよロバート・デ・ニーロの呪縛から解き放たれたのか、独自の境地を開拓しつつあるように思われた。そのリアクションの数々は、ときに過剰でときに異様というほかないのだけど、それでも、予想外であるとともに、なぜか期待通りだったりして、いずれにしても、ほとんど福本伸行のギャンブル漫画にラスボスとして登場しそうな、怪人ともいうべき存在感を示していた。後半は津川の顔を見るだけでわくわくしてしまった。こうなったら、いずれ『瘋癲老人日記』の変態老人をやってもらいたいものだ。
ところで先週放送された「黒革の手帖スペシャル」は、あくまで土曜ワイド劇場であって、「黒革の手帖」の世界を期待する人にはまったくお薦めできない代物だった。キャッチコピーは「希代の悪女・原口元子が帰ってきた」とあるのだけど、元子は一切悪事を働かず、ほとんどこのテの2時間ドラマにありがちな素人探偵にすぎないのだった……(怒)。